今回の首相公選制論題で長期政権による様々な効果はメリットになりうるかどうか

タイトルの通りです。
以前観た試合でも散見され、また今後の試合でも見受けられるだろうメリットの一つに、「首相公選制により長期政権を実現することでかくかくしかじかとなる」というものがあるかと思います。
かくかくしかじかには例えば「長期的な対外交渉により外交が円滑になる」や「政策の持続性の見通しが立つため経済がよく回るようになる」などでしょうか。
これらの議論は色々なチームから「政権が1年伸びるとGDPが△%あがる」などの具体的な資料つきで提示されていたように思います。
さて、ここで少し考えてみたいのは、改めてタイトルの通りなのですが、今回の首相公選制論題で長期政権による様々な効果はメリットになりうるかどうか、ということです。
まずはルールとガイドラインをちらっとおさらいしましょう。

ディベート甲子園ルール
第2条 各ステージの役割
1.肯定側立論は,論題を肯定するためのプランを示し、そのプランからどのようなメリットが発生するかを論証するものとします。否定側立論は,現状維持の立場をとるものとし,主に肯定側のプランからどのようなデメリットが発生するかを論証するものとします。

ディベート甲子園ガイドライン
3.定義とプラン
肯定側のプランは論題の範囲内になければなりません。肯定側のプランは立論で示されたプランが論題の範囲を越えているか否かは、試合の議論に基づき審判が判断します。論題外と判断されたプランからメリット・デメリットが発生したとしても、そのメリット・デメリットは無効となります。

これは、いわゆる「論題の中か外か」問題ですね。
肯定側が導入するプランに自由度が高い時なんかに、稀に出てくる問題です。例えば原発廃止論題で「他の発電方式に補助金を出す」というプランを提示した時に、その補助金から「火力発電の燃料輸入企業が潤う」というようなメリットを導いたとして、これは論題を肯定するでしょうか。
つまり何が言いたいかというと、今回「長期政権による種々のプラス効果」をメリットとしてあげたところで、それは「長期政権になってさえしまえば達成されるメリット」であり、必ずしも首相公選制導入によって解決されるべき点ではないのではないか、ということです。
今年の論題の場合は
ここでいう首相公選制とは、「首相公選制を考える懇談会」報告書(平成14年8月7日)の「? 国民が首相指名選挙を直接行う案」とする
という付帯文がありまして、この付帯文によって定められる「首相公選制」のプランの中では首相の任期は4年で固定、更に不信任に関しては現在の「出席衆議院議員過半数」よりも達成が難しい「衆議院議員の2/3の賛成」で可決されるという条件があり、また首相は不信任決議に寄らない解散権の行使を出来ないことになっています。
つまり、この付帯文に乗っかって議論をするならば、首相の任期は概ね4年で固定されて、現在のほぼ1年ごとに首相が交代しているような事態よりは長期政権化するということはほぼ認められそうです。
なんだそれなら長期政権によるメリットは議論として成立していいじゃないか、と思うかも知れません。
果たしてそうなのでしょうか?
一度考えてみて欲しいのは、もし仮にこの付帯文によるプランが「任期は2年とする」あるいは「任期は1年とする」というようなものであった時、そして近年の日本の政治における首相交代の平均周期が2年や3年であった時に、同じ論法で「長期政権によるメリット」で「首相公選制という制度」を肯定できるか、ということです。
今回は偶々、プランで定まる首相の任期が近年の首相交代期間の四倍程度あるため、長期政権化によるメリットは具体的にある程度の大きさを持ったものとして立証しやすいメリットとなっています。
しかし、このバランスがもし違うものであったとして、メリットの大きさが極端に削れるものであった場合、それは論題を肯定するメリットとして充分な立ち位置を持っているものと言えるのでしょうか?
私は、言えないだろうと思います。
つまり、今回の場合は、付帯文によって定められている「任期4年」他の政権の長期化が見込めるプランは、そこでの議論に時間を割いて論題の本質から外れないように外堀を埋めておくだけのものであって、本質的には論題外のプランであり首相公選制を直接肯定するプランではない、と私は考えます。
付帯文のくせにそもそも論題の外なのか、というのも若干違和感のある話ではありますが、政策論題で今回のように複雑な事項が絡んでくるものだとどうしてもある程度こういうケースが出てくるのは仕方がないのかなと思います。
因みに、藤堂論題検討委員による今大会の論題解説(教室ディベート連盟ウェブサイト)でも、考えられるメリット案としては「首相の民主的正当性の強化」と「首相及び内閣の指導力の強化」が挙げられておりまして、政権の期間については触れられていません。
これについては勿論、簡潔に論点をまとめる上で、メリットの例を2つ挙げる中からこぼれただけ、という可能性もありますが、首相公選制を肯定するメリットの代表を2つほど挙げるなら、その中に「長期政権化」というものは入ってこないということのようにも思えます。

じゃあ本当に長期政権化はメリットたり得ないのかという話

上述の通り、4年固定任期のプランから短絡的に長期政権化を導いてメリットとするのは、私は論題外だと考えます。
じゃあ本当に長期政権によるメリットは首相公選制を肯定しないかというと、必ずしもそうではない、つまり長期政権によるメリットで首相公選制を肯定することは可能ではある、とも考えています。
ポイントはやはり、日本の現状を分析するとここ数年首相がほぼ1年交替となっている点、更に政権自体も2006年の小泉政権の任期満了を最後に、安倍(第一次)→福田→麻生内閣と続いた自公政権と鳩山→菅→野田と続いた民主政権は共に4年の任期を満了せずに解散総選挙を行っています。
首相の交代にせよ、解散総選挙による政権交代にせよ、背景にはそれまでの政治体制では国民の支持が得られないという「支持率の低下」があるかと思われます(勿論他にも様々な要因はあるのですが)。
この「支持率がころころ下がる」し、その対策が「首相(首)のすげ替え」であるというような現状となっている原因の一つにはやはり現在の議院内閣制があるのではないでしょうか。
そこで、首相公選制の導入ですよ。
もし首相公選制を導入したとしましょう。そうすると、恐らく「固定任期4年」というところに寄らずとも首相の任期が長くなるということは導けるのではないでしょうか?
国民から直接選挙で選ばれた公選首相は、やはり強く具体的な民意の反映先であることは間違いありません。そうすると、国会(立法権)の側も公選首相の出す政策を安易にないがしろにすることは難しくなり、国会側から簡単に首相の首をすげ替える(この場合は不信任を出す)ということは難しくなるでしょう。
また、国民も自分たちが直接選んだ首相ということで期待をかけるのなら、早々簡単に支持率が下がっていって首相の民主的正当性が薄れるということもないと期待出来ます(そうは言っても鳩山政権の支持率低下を見ると……どうなるか疑問は残りますが)。
以上を言い換えれば、民主的正当性の強化された首相の任期は、現在の制度の下での首相の任期よりも長くなることが期待される、という事になります。
この論法から長期政権によるメリットを提示してくるのであれば、なるほど長期政権によるメリットというのは首相公選制を直接肯定するメリットになるでしょう。
というのが私の考えなのですが、どうでしょうか?

じゃあ実際の試合でどうするか

実際の試合で肯定側がプランから長期政権によるメリットを押し出してきた場合、その議論に否定側が素直に乗っかっちゃった場合、審判はその議論を採らざるを得ないだろうなあというのが正直なところです。
議論に乗っかる時点で否定側はその話を「公選制を肯定するメリット」と認識して反論していることになります。さらにその争点で両チーム反駁をぶつけ合うことでしょう。
そうなると、ですよ。教室ディベートの審判としては、やはり議論が上達するよう指導するという観点も踏まえたい、という背景もありますので、伸びてしまった議論に基づいて判断し、両チームの反駁のよかった点悪かった点を見てあげる必要がある、のではないでしょうか?
最初に述べた通り、論題の中か外かというのは難しい問題なんです。それに今回の問題は予め規定されている付帯文によって発生している問題。ともなれば、論題設定にも若干問題点があるということで、その辺は審判・連盟側の責任があるところでもある。その点を踏まえると、少々レールがずれているからと言って、審判が個人の判断だけで論題内外を検討して長期政権によるメリットを認めないというのは、ちょっと横暴なのかなと思います。


更に、否定側が論題外である点をアタックしてきた場合。
その時こそ問題なんですけれども、肯定側は私が挙げたような論法を用いれば長期政権によるメリットを論題内に回復させることが出来るのはお分かり頂けるかと思います。
肯定側が慌てずにきちんと対処しさえすれば、審判は議論を採用するでしょう。しかし、もし対応を誤って否定側の言い分を認めてしまうと、長期政権によるメリットは採用出来ない、ということにもなってしまうかもしれませんね。
因みに否定側が第一反駁で長期政権によるメリットに対して「論題外である」というアタックだけしかせず、肯定側が第一反駁で上手く回復してしまうと、否定側は第二反駁で別の観点からこのメリットに反駁することが出来なくなるので、上記のような回復法がある論点に対して「論題外である」とだけアタックして普通の反駁を一切しないのは危険なので辞めた方がいいですね。


そんなとこです。
明日はディベート甲子園中四国大会ですね。
中四国OBとして選手の皆さんの奮闘を期待します。