最近ぐちっぽい気がする

日々に余裕が無いよねー。
一日一日をもっと充実させてればこんなこともないんだろうけれども。
誰の所為? 自分の所為です、本当にありがとうございます。
と、言いつつも少しだけぐちっぽい話しで今日も一席。
いや、落語じゃないし。


昔々の話です。
ある高校に管弦楽団がありました。
管弦楽といえばオーケストラ。吹奏楽ならともかく、管弦楽を中学まででやってるひとは少なく、必然的に高校で部活に入って始めて楽器に触り、色々な「常識」を学びながら練習して、一年後の春には大勢の観客を前に演奏会を成功させましたとさ。
しかし、問題だったのがこのあと。
演奏会でアンケートをとった彼らは驚きました。
アンケートには彼らの、言い換えるなら管弦楽の世界での「常識」に対して疑問を投げかけるような感想が多かったのです。
例えば、オーケストラでは楽器の調律を舞台上で行うのは当たり前です。元来は恐らく繊細な楽器に対する配慮だったのでしょうが、常識は今ではしきたりと化して、開園直後の舞台調律はオーケストラの演奏会では当然の儀式のようになっています。
が。そんな常識は知らない、という人はごまんといる。いや、それだけならまだいいのです。ニュートラルなら、知ってもらえばそれでいい。
しかし、そんなのは非常識と思う人たちもいたのです。
どうやら吹奏楽関係者だったんですかね。舞台上調律はみっともない、というような節の感想を書いた人がいたのです。
そこではたと気づかされたオーケストラの面々。
ああ、自分達が「常識」と思っていたことは決して常識でも何でもないんじゃないか。
というか、つい数年前の自分はそもそも知っていただろうか。
と。


そんな昔話がありました。
自分自身、楽団に入ってなければここまでクラシックに親しんだとは思えない身です。
演奏会をやる以上は、多少の常識は知らしめて演奏会をより楽しんでもらう。それは義務と言っても過言ではない、と少なくとも当時は自負していましたよ。
素晴らしい演奏をして自己満足するのとは違う切り口の仕事。演奏者のピュアな仕事ではなくても、音楽家の広義の仕事とは言えるかも。そして、高校の部活としては決して間違っているとは思わない方向。
部をまとめるとか、みんなの演奏を向上させるとか、そういうのは向いていないと思った僕が選んだ仕事が、パンフの編集者であり、啓蒙ビラの作成だったのです。
そんな下地がありました。そういえば。
ある意味ではマニフェストデスティニー。
妙な責任感とそれを遥かに上回る趣味の領域でつくられたのが「オーケストラちょこっと講座」だったのです。オーケストラについて、何も知らない人に知ってもらえれば演奏会を楽しんでもらえる、各楽器の役割や、オケ独特のマナーなんかを、ちょっとしたマメ知識をフレーバーに添えてまとめた瓦版とでも言いましょうか。パンフにエクストラで添付したビラの話です。
あー、懐かしい。
趣味の世界だったというのもあり、五年くらいずっと僕がマイナーリファインしながら作ってたのですが、今年は別の人がやってくれるらしい。
そんな話は聞いていたんです。
でも、昨日原稿を覗いて、若干任せたくなくなったりなんちゃら。
というか、当初の理念がまったくもって失われて、なんのためにやるのかよくわからないものになってしまいそうで、ひどく怖かった。
その場で本来の理念は軽く伝えたけれど、もっときっちり言った方がよかったかもと、すこしだけ後悔している今なのです。
確かに、別に引継ぎもしなかったし、当初の理念なんて改めて他の人に伝えたこともないから、仕方ないといえば仕方ないのかもしれないんですが。
そもそも僕の趣味のコーナーだったんだから、僕がやらないなら無くなればよかったのに。なんてことを思う。あとをついでくれるなら、きちんとわかってくれる人、オケの面白さを布教したい志のある人に、きちんと僕の思いとかも伝えた上で引継ぎして欲しかったかなあ。などと、思わないでもない。
多分その方針だと、音楽マニアと雑学マニアはお断りかな。
そんなことをふと思う。
演奏会まであとわずか。
あの原稿はどうなるのかな?