Abiogenic oilという考え方

教職のレポート、提出完了。
あとは結果を待つばかり。まあ、落ちることはないと思う程度にはやった。

石油って何から出来てるんですか?
そんな素朴な(?)疑問。いえ、この問いは素朴に疑問を感じる以前に封殺されているものでしょう。
「石油が昔の生き物の死体から出来てる」なんて小学生でもすぱっと答えられる「常識」ですから。
でも、そんな「常識」とは全く異なった石油成因説というのも世の中にはあるのです。それが石油の無機成因説。Abiogenic oil theory。
今回の教職のでは自由研究をしろって言うのがレポート課題だったので、これについてちょろっと調べてみました。

無機説のベースは、マントル物質から染み出してきている炭化水素(メタンなど)が地球の浅いところまで昇ってくるうちに重合して石油っぽいものを作ったんだ、という考え方です。
メタンなどの炭化水素は熱分解しやすく、また酸化もされやすい為、かつてはそもそもそんなものは石油になる間もなく二酸化炭素にされてしまうだろう、と言われていました。ですが、熱力学的な実験設備が進歩して高圧高温下での実験が出来るようになると、温度を上げても圧力を上げてやれば熱分解が怒りにくくなることが分かったらしいのです。それに、少なくとも地下深くでは易々とCO2に酸化してしまう様な厳しい環境ではなくなっているらしいということも分かってきました。
そうやって熱力学的に「いけるっぽい」ということが分かりはじめて、近年徐々に注目を集め始めているのがこの「無機成因説」です。
実は昔からソ連(ロシア)を中心に無機論者はいたらしいんですが、一時は完全に廃れていたようなのですよね。歴史を紐解けば、なんと、あのメンデレーエフ*1も無機論者だったとか。
さて、無機説は「いけるっぽい」というバックグラウンドを得た以上は台頭するにたる理由があるのです。まず、現在掘削技術が向上するにつれて深い油田を掘れるようになっているのですが、「従来の有機説では考えられないような深さの油田が見つかるようになった」。石油がもし生物の遺骸だったら……、まあ精々古生代開始の5億年前くらいが高々だと思うんですが、この「考えられない深さ」っていうのが具体的にどれくらいなのかは僕も知りません。ただ、多分5億年前の地層から石油が出たらそれはあり得ないくらい深いんじゃないでしょうかね。5億年前の化石って、殆どただの石ですからね。
他にも、生物の遺骸からで来ていると言っておきながら世界中の殆どの原油は組成が一緒であること。とてもじゃないけれども生物以外が埋まってるような場所じゃない……、つまり、火成岩の基盤岩の中から石油が見つかるようなこともあるんです。
こんな事実を今までどう理屈づけてきたのか。
A.り、流体なんだからどう動いたって石油の勝手でしょ!
ツンデレだというわけではない。
まあ、とにかく原油という奴は流体だから、どこをどう動いたっていいだろう。そんな風に「割と良くある例外」扱いだったのです。
それよりは無機的に地球の深いところから染み出してきたって言う方が、納得いくというものだと思うのですよ。

そもそも、有機成因説だってめちゃめちゃ積極的な根拠があるわけではないのです。石油が有機的に出来ていることを支持する材料は確かに存在はしているのですが、それを躱す反論をに対して再反論する材料はあまり無いようです。
色々と成因論を扱っているものを読んでいたら、乱暴な意見としては「ソ連が無機、アメリカが有機を支持していて、ソ連が崩壊したから有機説が主流になった」なんてのもありました。そんなことが言えてしまう程度にはイーブンなのでしょう。
有機説の根拠の一つに、石油の中にはバイオマーカーと呼ばれる「もともと生物の化学合成で作られたもの」と思われる物質が石油の中に入っていることが挙げられるのですが、それも最近怪しくなってきました。
何故なら、地下深い石油鉱床に住みついている生物と言う奴がいる可能性が出てきたからです。Thomas Goldという人が提唱している「地底高熱生物圏(The deep hot biosphere)」というのがそれなのですが、Goldさんの言うところに因ると地底で「染み出してくる」炭化水素をエネルギー源として生活している細菌類がいると言う証拠がいくつか油田で見つかっているそうです。
なるほど。石油に生物が住み着いちゃっているのなら、生物由来の物質があったってなんら不思議はありませぬ。
とまあ、こんな風に有機説の牙城も徐々に崩れつつある……のかもしれない現在。
世界はやっぱり有機説中心に回っていて、無機説は相変わらず肩身が狭いようです。
ここ最近、いい加減にエネルギー危機の影が濃くなってきて、無機説に再び目を向けようかという動きが出てきているらしく、アメリカ石油学会も今までは「無いもの」として扱ってきた無機説を本気で取りあげ始めたようです。

地学をやっていて、ほっとすると同時に残念に思うことが一個あるんです。
それは、プレートテクトニクスパラダイムシフトを見られなかったことです。
今この瞬間にだって科学の世界では新しい発見が沢山為されています。ノーベル賞を貰うような大発見だって生まれています。でも、正直な話小林・益川理論の凄さはよく分からないんです……。自分が物理の人じゃないというのもあるのでしょうが。
ともかく、プレートテクトニクスみたいに一般に知られるような平易な発見ではないですよね。それに、それまで信じられていた学説を大きく覆して一般常識を塗り替えるような話でもない。いや、専門家の常識は覆しているのかも知れないけれど、そこはわからない。
ともかく、僕が生まれる2,30年前には世界の常識を大きく覆す大発見があって、それで確実に一般常識って奴は変わったんですよ。
その場面に立ち会えなかったのは、時々残念に思います。もっとも、大きなパラダイムシフトがある時、当然それに「乗れる」人と「振り落とされる」人がいるわけで、自分がちゃんと波に乗れたかと考えてみると……、色々恐ろしいので、学説が安定した時期に生きていることにほっと胸をなで下ろしているのも事実ではあります。
さて、何が言いたいか。
正直に言いましょう。
もしかしたら、生きているうちに石油の成因について大きなパラダイムシフトを見られるかも知れない、と期待しているのですよ。
勿論、そんなことはなくて「やっぱり有機説じゃね?」となる可能性だって大いにあり得ます。けれども、有機説だと石油の量は頭打ちで、無機説だと実質無限(地球が滅ぶまで)。となると、エネルギー危機を考えたら無機説を本気で検討するという流れが生まれるのは極めて自然なことです。
そう言う流れが出来て、学問の世界に大きな波が生まれる。
それって、ちょっとワクワクしませんか。
外野で密かにホームランボールを待っている、そんな心境なのです。

*1:周期表の人