あの世でハッピーバースデー

“文学少女”と慟哭の巡礼者 (ファミ通文庫)

“文学少女”と慟哭の巡礼者 (ファミ通文庫)

読書のエントリも久しぶりかな、と。あんまり読んでもなかったし、読んでも書かなかったりと言う日が続いていたためですね。
そんなわけで、〆切もクリア出来たので積ん読を消化にかかろうと思い立ち、読みました。“文学少女”と慟哭の巡礼者(パルミエーレ)。
第一巻から存在が仄めかされてきていた大ボス登場の、ある意味修羅場な第五巻。
“文学少女”シリーズは、しかし「いわゆる一つの萌え要素」の塊ですね。ツンデレキャラが良い味を出していたところに、今度はヤンデレですか。と、そう言う読み方をするのはあまり好きではないのですが、何となく気になってしまいました(笑)。
前作までで心葉の友人である芥川君が美羽と繋がっていたり、琴吹さんが美羽にコンタクトを取ろうとしたりと色々修羅場を感じさせる流れが示されていましたが、いやはや、凄かった。
純粋すぎることが罪になることもある、と言うのがポイントでしょうか。そして盲信はする方にもされる方にも為にならないとか。
この話は心葉の一人称で語られるため、基本的には心葉のフィルターを通したものしか我々は読むことが出来ないわけです。そして、思い出は結晶化するということも恐らく作用して、心葉の回想で語られる朝倉美羽は常に美しく純粋な、天使のような少女であり続けた。
読者の視点としては、これまでの話の流れで一つのイメージが作られてしまっていたわけですよ。純粋な少女である朝倉美羽を、主人公の井上心葉が一方的に傷つけた、とね。よしけむに至っては、心葉の受賞作が美羽の綴っていた物語に酷似していて、美羽は盗作されたショックから飛び降りたのではないかと深読みしていましたし。芥川君との絡みで美羽がヤバげな子だということも仄めかされていましたが、それは心葉に裏切られて純粋に復讐したいと言う気持ちからの豹変だと考えれば違和感もありません。
ともかく、これまでの四冊の物語で描かれてきた心葉の主観の物語を読んできた者は、この物語の結末は心葉が純粋な少女に対して犯してしまった罪を如何に精算するのか、というところが胆だろうと考えていただろうと思われます。
でも、それではこの“文学少女”シリーズらしくは無いんですね。はっきりと言ってしまうならば、この“文学少女”シリーズは古典的な文学作品に出てくる、ある種の「壊れてしまった」人たちに似た登場人物を、文学少女である遠子先輩が違った角度か読み解き、終わってしまった物語の結末を継ぎ足して彼らを救済するという物語だと思うわけです。
そう言う流れの物語を紡ぐ以上、美羽が今回の話のスポットを浴びるのであれば、その美羽の「読み解かれる」べき物語のバックグラウンドが心葉の受賞に関することだけであれば、このシリーズのひな形である(ある種マンネリであり良さでもある)形式が成立しないわけですよ。そんな小さなきっかけであるなら(たとえそれが本人達にとって大きな意味を持つものであっても時間的に非常に短いタイムスケールの影響でしかないわけで)、きっと当事者達がきちんと面と向かって話し合えば解決する。それが、良くも悪くも小説の性質だと思います。そう、文学作品とリンクして広がりを持たせるためにはある程度のタイムスケールを持った背景でなければならない。
そう言う意味で、美羽も壊れてたというのは……、うーん、どうなんだろう。何となく今までの期待を裏切られた感はあるんですよね。ほら、私も結構純粋な人間純粋な話・キャラ好きな人間ですから。けれど、ここまででさんざん悩み苦しみ抜いてきた心葉の背負っている重さを考えると、やはり美羽自身に責められるべき咎がある程度無ければ心葉が折れてしまうのかな、とも思いましたね。それに、きっと本当に朝倉美羽が純粋で、それで話し合いで心葉と和解してしまったら、心葉は美羽に縛り付けられますからね。そうなると琴吹さんが可哀想過ぎます(あと美羽に惚れてる芥川君も)。
結果的には綺麗にまとまってるから、好きですよ、このキャラ付けも。

難しい話はこの辺で。
今回は美羽の物語。これはてっきりラスボス的な扱いになる物語と思ったのですが、そうでもないらしい。それこそ純粋な美羽を期待していたよしけむは、心葉が美羽と和解してこの物語は完結するものと思っていましたから。しかし、物語はあくまで遠子先輩と心葉のものであり、美羽も彼女が舞台から退いていた間に心葉の唯一無二ではなくなっていたようです。
多分女の子から見れば美羽がウザいんだろうなー、と思いながら読んでいました。男から見たら(あくまで他人事と言うこともあり)、苦笑で済むようなものではありますが。恐らくヤンデレというのは近くにいたら堪らないものだろうと“想像”できました。
物語のヒロインが今まで天野遠子、琴吹ななせ、朝倉美羽と三人いて、果たして心葉君は誰とくっつくのかまるで読めなかったのですが、今回のことでほぼ確定なようですね。天使との約束もあり、心葉は琴吹ななせとくっつくと。今まで彼女のツンデレっぷりを見てきた読者としてはほっとする思いですね。そしてツンデレのデレっぷりを見ているのが楽しくて仕方がないんですね。
さて、物語の方はというと、今回は賢治です。宮沢賢治銀河鉄道の夜を下敷きにしたジョバンニとカムパネルラの話。それに心葉がかつて大賞を受賞した羽鳥と樹の話も重ねられて、甘く切ない愛憎劇が繰り広げられます。
最初からここを見据えて様々な物語が展開されていたのだろうと思わせる複線も多数。前巻を読み返したくなってきました。本命のクライマックスが遠子先輩の卒業編であると言うことを頭で理解しても、今回の物語の盛り上がりには心ざわつきました。
朝倉美羽のことを想いながらも友である心葉に対して誠実でありたいと願う芥川君の葛藤。心葉のことを好きで、彼を呪縛から解き放ってあげたいと願う琴吹ななせの不器用な想い。そして、それらをあざ笑うかのように狡猾に振る舞う朝倉美羽の、もっとも素直で、それでいて無数の嘘に塗り込められた作り物の針玉。それらの交錯の中でいつものように迷う心葉と、それを紐解いてくれる遠子先輩。
美羽の話は最初から心葉の一人称で回想されていて、もっと心葉が主体的に決着をつけに動くのかと思っていたのですが、そうなっては遠子先輩が居る意味もありませんし、あくまで彼女が第三者として物語を読み解いてそこから未来を伸ばすことによって、最後に(恐らく遠子先輩が消える時に)、これまでの登場人物が彼女を思い返す際の情感が増すんでしょうね。心葉も、勿論最後に美羽との決着は自らつけましたし、初めから引っ張り続けていた話の結末としては納得のいくまとまり方だったと思います。良かったです。
そう言えば暫く「今日のおやつ」を読んでいないなぁ。明日にでもまたファミ通文庫のサイトにアクセスしてみようか。
ああ、因みに、エントリタイトルは読んでいて初っ端に印象に残った遠子先輩のグルメレポートですよ。クトゥルフ神話を“食べる”とそのゾッとするような描写の数々に生臭さと血のにおいがしてあの世でハッピーバースデーだとか。まあ心葉の夢だったんですが。