16歳、リハビリ、女性関係

・淀川に遺棄の遺体は16歳少年
・リハビリ日数制限「難民」叫び
東国原知事に女性関係ただす

今日のYahoo!のトップ。そこから選んだお題。
馬鹿な話は結構好きです。纏まってなければ面白くも何ともないんですけど。



 しくじった。
 そう思った時には私の体はもう私の制御を離れていた。
 冗談みたいに回転する視界と、体中を打つ衝撃。それらのことをどこか他人事のように感じている自分。
 痛みさえ感じる間もなく私の意識は真っ白になって――、


 ――こんなところに居る。
 真っ白な壁。真っ白なシーツ。天国ではない、念のため。病院である。
 階段から足を滑らせて入院、なんて情けなさ過ぎて涙が出てくる。けれど泣かない。泣いてしまおうものなら周りの人がやれ「痛いの」だのやれ「先生を呼んでこようか」だの騒ぎ立てるに決まっているからだ。
 十六歳の乙女の矜持はそんなことは許さない。高校生にもなってそんな大騒ぎ、恥ずかしいじゃないの。
 とは言っても、実際に今この病室には騒ぎ立てる人なんていないのだけれども。
 私以外に人がいないという意味ではない。ただ、この場にいる唯一の人物はとてもではないが私が涙を流したくらいで取り乱して大騒ぎする人物には思えなかったのだ。
「……」沈黙しているのもなんだか耐え難くて、見舞いに来ている彼を見る。
 クラスメイトで、彼は学級委員長の立場にあるから、代表で見舞いに来たのだと、彼自身がそう言っていた。多分頼もしくもかしましい我が女友達たちが気を利かせたつもりなのだろうけれど……、べ、別に私は彼が好きであるとか、そう言うことは一切無い、……つもり。
「あ、あのさ……、調子の方はどうなんだ?」気まずげに頬を掻きながら彼が言った。
「入院している人間に調子も何も無いと思うけど」
「そりゃ……、そうか」そう言ってしゅんと黙り込むと、居場所なさげに視線をふわふわと漂わせる。
 なんだか見ていて申し訳なくなってくる。
「でも、先生の話ではすぐに退院できそうっていう話。心配してくれてありがとうね」会話が途切れそうになったので、私は慌てて付け足した。
「すぐに退院、できるのか」彼が驚きに目を見張って言った。その目に浮かぶ何だかうれしさ半分ガッカリ半分といった様子の色に私は思わず怪訝な表情になる。
 彼は私の表情の変化を見て取ったか、慌てたように手を振った。
「いや、そう言うつもりがあったワケじゃないんだ。早く退院できる方が良いに決まってるさ。ただ……な、」
「ただ、どうしたの?」私は首を傾げて彼の方をのぞき込む。
「いや、リハビリにいるかと思って持ってきた物があったんだけど、無駄だったなって思って」
 彼は恥ずかしげに顔をうつむける。
 そうしてもじもじと指と指をつつき合わせている。
 指と指をつつき合わせている。
 つつき合わせている。
「で、何を持ってきてくれたの?」どうやら放っておいても出してくれる様子がないので、私は訊ねてみた。
「え、いや、だから必要ないしそのまま持って帰ろうかと……」彼は驚いたように顔を上げた。
「折角持ってきてくれたんだし、見せてくれるくらい良いんじゃない?」
 私がそう言うと、彼はしぶしぶ、酷くきまりが悪そうにソレを鞄から取り出した。


「……こんな物持ってきてどうしろって言うつもりだったの?」
 ダンベルだった。1kgと書いてある、比較的軽い物であるらしかった。
「え、だって、リハビリで運動することになったら役に立つかも知れないし」
「いや……、そもそも乙女にダンベルってどうなのよ。ダイエットしろという当てつけかしら?」
「そんなこと!?」彼は焦ったように叫んだ。
「それじゃあ、私の身を案じてくれたのかしらね。不逞の輩に投げつける武器とか」
 1kg位なら何とか投げられそうだった。勿論冗談だが。
「そんな物騒な……」彼も呆れた様子だ。
「まあ、とにかく、これは貰っておくわ」
「え?」彼は目を見張って私の方を見る。
「折角持ってきてくれたんだし、精々有効な活用法を考えるわよ」
「……そう」
 そう言った彼が口元に小さく笑みを浮かべたのは嬉しかったのか呆れたのか、出来れば前者であって欲しいな。
 そんなことを考えながら私と彼が他愛もないことを話していると、突如病室のドアが開いた。


「ハローマイスウィートハニー!」
 扉から現れたのは一つ上の先輩で、ついでに言うとどこぞの名家のおぼっちゃまでそれを良いことに色々な女生徒に手を出しているとかで女性関係の噂には事欠かない最低の男で、さらには私に一目惚れしたとか言って毎日毎日しつこく口説きにくる非常に鬱陶しいイキモノだった。
 おかしいな……、看護婦さんに頼んでこのイキモノは面会謝絶にして貰ったはずなのに。
 私が嫌そうに顔をしかめていると、目の前の先輩なるイキモノはあっという間に委員長を病室の外へと追い払ってしまった。
「さて、邪魔者は消えたし、これで二人きりだね、マイハニー」
 ウザい。ウザ過ぎる。
 折角良い感じだっ……、じゃなくて、人のお見舞いに来た人を追っ払うなんて、なんて傍若無人ぶり。言葉もないとはこのことだろう。
 あまりの不機嫌さに私が黙っていると、ひょっとして私が彼を受け容れたと勘違いでもしやがられましたのか、先輩は決壊したダムの水の如くめくるめく二人の幸せな未来について語り初めやがられる始末。どうにかしてこのイキモノを止める手段は無いものか……。
「あ、」
 私は思わず呟いた。先輩がどうしたのか、とこちらをのぞき込んでくるが、私の視線はもう手の中に収まったダンベルにしか注がれていなかった。
 ひょいとダンベルを持ち上げると目線の高さまで持ってくる。
 そのまま、
「えいっと」
 先輩へ向けて投げてみた。
<了>