ディベート語り-2→シナリオのある議論

ディベートの試合というのは、ある種の茶番といえるかもしれない。
そういうと少し言葉が悪いか。しかし、ディベートをやる上で勝とうと思うなら、予めシナリオを考えておくことは必須であろうかと思う。
この場合のシナリオとは次の二つの観点から見たシナリオである。
一つ目は「相手の反駁を予測し議論の転がる方向を予測する意味」で、二つ目には「自分たちの主張をきちんと通すという意味」で。
一つ目については言わずもがなであろう。
自分たちの立論に対する相手の反駁を用意しておき、それに対する再反駁まで一つのシナリオとして考えておく。
当然自分たちの反駁に対する再反駁を迎え撃つ再々反駁においても同様である。
突き詰めるなら、相手に敢えて反駁しやすい点を与えることで議論を誘導する、自分たちが再反駁しやすいように反駁させるということになるのかもしれないが、それはちょっと難しいかもしれない。
いずれにしても、相手の反駁も踏まえて議論をどういう風に持って行きたいかは考えておく必要があるだろう。
そのためには、例えば立論で難解なことを言うのは論外である。
難解な立論はジャッジに伝わりにくいだけでなく対戦相手にも伝わりにくい。そうなると最悪の場合は泥沼化である。
そんな議論は止めた方が良いに決まっている。

二つ目であるが、これは特に立論と第二反駁での主張が首尾一貫していることが必要であろう。
逆に言えばこの二つをある種の美学でもって綺麗にそろえてやると、その議論はとても説得力を持って来る。
当たり前だが第二反駁は立論の方向性に沿って議論を行うべきである。
例えば肯定側だったとして環境系の論題で、立論で「環境を守ろう」という方向のことを言っているのに、デメリットの経済系の議論が伸びたからと言って経済の議論に口泡を飛ばしているようでは不味いだろう。
実際に第二反駁で打ち出す価値の基準、例えば「人権最優先」であるとか、そういった予定を踏まえて立論で重要性(深刻性)を書いてみると、その議論は説得力を持つようになるはずである。

これが僕の思うシナリオのある議論である。
相手を踊らせたら、まあ勝てるだろうし、地区大会レベルでは結構このレベルまで行けば勝てるんではなかろうか。

立論とは「とにかく潰れにくそうな(デ)メリットを挙げればよい」というものではない。
これはディベートでの「潰れにくさ」が何かということにもよるのだが、少なくとも「強い証拠資料があって反駁しにくい」議論が潰れにくい議論というわけではない。
何故なら、相手がどんな資料を持っているとも限らないからである。
では、立論で出すべき強い議論とは何か。
それは第二反駁で価値の比較をした際に価値を膨らませることの出来る議論である。